核家族の子育ては超大変!?激務の夫と2人の子育て日記

「核家族」

学生の頃授業で聞いたときは何となく他人事のように感じていましたが、自分がなるとは思いもしませんでしたし、こんなに大変だとも思いませんでした。

我が家は都内に住む同い年の夫婦と4歳と1歳の子供がいる4人家族です。

どんな時に大変さを痛感したか、また、どうやって乗り越えているか少しでも参考になればうれしいです。

核家族の子育て。最初の壁、出産。

我が家の大黒柱である夫はとにかく激務。

早朝に家を出て、夜は日付が変わるころの帰宅が基本スタイルでした。

毎日本当に大変そうで社畜という言葉はこういう人のためにあるんだと思いました。

そんな生活をしているので当然育児も家事もワンオペです(-“-)

結婚してすぐ子供に恵まれましたが、お互いの実家は大阪なので近くに頼れる人はいませんし、私の実家は少々複雑な環境なので里帰り出産という選択肢も最初からありませんでした。

産後から自分たちだけの力でやっていくしかありません。

そしてほどなく長女を出産。

タイミング良く、生まれて退院したのがゴールデンウィークの直前だったので、産後1週間ほどのゴールデンウィーク中は夫が家のことをしてくれました。

1週間なんてあっという間に過ぎワンオペ生活がスタート。

私は産後にトラブルがあり、手術をして半年ほど痛みの後遺症がありましたが娘が寝返りするまでは割と穏やかに過ごせました。

娘が生まれてから最初に困ったと感じたのは、娘がヘルパンギーナにかかりそれが私に移った時です。

40℃近い熱を出し動けなかったので夫にSOSを出し、午前で無理やり仕事を切り上げてもらい娘を見ていてもらいました。

この間も夫は仕事の電話が鳴り続き、娘を抱きながら仕事をしている状態で夫も大変そうでした。後日職場では嫌味を言われたそうです。

私も大変でしたが夫も核家族の大変さを実感した瞬間です。

マイホームを購入!引っ越し準備は私一人

娘が1歳になる手前に家賃を払うのがもったいないとマイホームの購入に踏み切りました。

引っ越し先は同じく都内。

荷物はそこまで多くないので業者には頼まず、自分たちでやることに。

季節は12月。夫は繁忙期で出張続きのためほぼ家にいませんでした。

なので荷造り等の準備を1人ですることになった私。

引っ越しは段ボール集めからのスタートで娘をおんぶして近所のスーパーをハシゴしました。
更に荷物をまとめるだけではありません。

引っ越しや家の購入で今の住まいと引っ越し先の役所を手続きで行ったり来たり。

子供を連れての電車やバスは気を遣いますし親子で疲れます。

こんな時に近くに実家とかあれば子供を預けてサクサク動けるんだろうなぁと実家や祖父母が近い人がうらやましくなりました。

引っ越しが決まってからは大幅な余裕をもったスケジュールを立ててなんとかこなし、引っ越し当日は夫の友人たちも手伝ってくれたので滞りなく完了。

なんとかできましたが、できればもう一人で引っ越しの準備はしたくないです。

本当にしんどかった…(´;ω;`)

二人目誕生!核家族の一員が加わりました。そして私の病気発覚。

引っ越しをしてから娘を保育園に入れ、私はアルバイトをはじめました。
そして娘が3歳の頃に二人目を妊娠。

娘を出産した時は私が緊急手術になったこともあり、大事をとって大阪から義母が1か月ほどヘルプに来てくれることに。
2人目の出産は切らず縫わずの超安産。

息子も新生児期は心配になるほどにおとなしく、よく寝ていてくれたのでほとんど手がかかることもなく1か月が経ち義母は帰りました。
家事だけでなく、上の子を気持ちなどの面からも手厚くケアできたので義母が来てくれたのは本当にありがたかったです。
ですがいろんなことが一筋縄ではいきませんでした…。

産後3か月ほどで私の病気が発覚。

幸いにも入院するようなものではないのですが、通院が必要に。

そして新生児期が明けた息子は力を開放(?)したのか赤ちゃんとは思えないほどのパワーで暴れ、嘘みたいな声量で泣くように。
病気で弱り気味の身にはこれが結構堪えました。

それから通院は夫が休みの時に合わせて、近くまで送ってもらい子供達と車で待機しておいてもらうスタイルに落ち着きました。

夫は急な出勤とかもあるので、そうなると子供二人連れての通院になり大変なので、その辺りも主治医と相談して柔軟なスケジュールで治療をしています。

最もつらかったノロ事件

娘が3歳、息子が6か月の時事件は起きました。
娘がノロウィルスに感染。

このタイミングで夫は社員旅行で台湾へ出発。
娘が回復してきたころに私が感染。

子育てをしていれば子供の風邪をもらうなんてよくある話ですがこの手の風邪は初めてで、とってもつらいんですね。
30分おきにトイレにこもり、高熱も出て歩くことさえもままならず、なぜこのタイミングなんだとやり場のない怒りとウィルスに苦しみました。
家にはポカリなんかあるわけなく食材も少なく結構ピンチで、子供が小学生くらいだったらお使いを頼めたのですが、3歳児を一人で外に出す勇気も気力もありませんでした。

近くに頼れる人はいない。

しんどいけど救急車を呼ぶのもなんか違う気がするし、マンションの管理人さん呼んでみる?とも思いましたが、ぐちゃぐちゃの家の中を見られるのも嫌だったので、夫が帰ってくるまでの2日間をなんとか家にあるもので耐えました。

幸いなことに乾麺のストックがたくさんあって助けられたので、この事件以来我が家では乾麺のストックを切らさないようにしています。

夫の転職と娘の保育園退園、そして現在

夫はあまりにも激務でこれからを考えたときにこのままでいいのかという疑問をずーっと持ち続けていたようで、とうとう年度末に転職しました。
転職先はありがたいことに大企業で、定時退社が基本。

今までの生活が嘘のように一転し、家族みんなで夕飯を囲み、子供たちは夫とお風呂に入れるようになりました。

ほぼ一人でしてきた子育てをようやく夫婦でできるようになりワンオペでへとへとだった私も幾分か楽になりました。

それともう一つ、息子が待機児童になってしまったので思い切って私は育休も切れるのでそのまま退職し、娘も保育園を退園。
春から幼稚園に通っています。

保育園と違って親の出番が多く、すぐにママ友と呼べる存在ができました。

下の子にお下がりをもらったり、周辺の病院やイベント情報を交換したり、ママ友の実家がうちのマンションにあって親子3代で仲良くしてもらったりと、少しだけ甘えられる存在ができました。

近所を歩いていれば誰かしら知り合いに会うようになり、環境を少し変えたら、漠然と感じていた孤独感が和らぎました。
結婚して核家族になって約5年。

ようやく安心して過ごせるようになりました。

まとめ

私が5年ほど核家族として生活して子育てしてきて1番感じたのは孤独でした。

近くに頼れる人もいないし、一番近い存在の配偶者も仕事があるので実質子供と過ごし続ける生活。

息抜きはおろか、自分が体調崩したときの身動きのとれなさは本当に大変です。

だけど意外と今まで何とかなってきていて、核家族として辛い時期は体感的にそろそろ抜けられるような気がしています。

子供がある程度大きくなれば子供の社会ができて、身の回りのこともある程度はできるようになります。

今同じような状況で辛い人もきっと出口はあるんだと希望を持ってください。

孤独とはいえ、家族、遠方の家族、友人、病院の先生やスタッフさん、児童館、その他、何となく接しているけど実は一人じゃなくて誰かに支えられているし、いろいろと大変な思いをした分経験値も上がってたくましくなれました。

私は利用したことはありませんがファミサポと呼ばれる行政の制度もあったりしますし、普段から不測の事態にある程度のカバーができる備えもできるはずです。

核家族の子育ては大変です。でもなんとかなります!

同じ核家族のママにエールを送ります。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です